地球温暖化のもう一つの人間的要因
現在地球温暖化ということが世界的な解決課題として世界的に政治レベルにまで受入れられている。その要因の一番のものとして自然科学者の間で考えられているのは、人間の活動によって発生している2酸化炭素を筆頭とするいわゆる温暖化ガスの排出量の増加である。この増加をどのようにして抑制し、更には減少させる取り組みを堂行なうかが世界的な課題として、G8の洞爺湖サミットの重要な検討課題となっている。ところが科学者の一部には、地球温暖化は本当に起こっているのか、また起こっているとしてもその原因が温暖化ガスによるものと本当に言えるのかを疑問視する人たちがいる。昨年暮れに出版された『暴走する「地球温暖化論」 洗脳・扇動・歪曲の数々』(文芸春秋)は地球温暖化説とその原因に対して異議を唱える日本の科学者などが書いたものである。またアメリカの作家マイケル・クライトンは2004年に『恐怖の存在』(早川書房)という本を出版して環境問題を取上げたが、小説には珍しく科学的なデータを注として掲載して温暖化論に対する疑問を示している。
地球の気候の温度条件に一番の影響を与えるものは、いうまでもなく太陽の活動状況である。その活動状況が低ければ太陽から地球に起こられてくるエネルギーは少なくなり地上の温度は低くなるし、高ければ気温は高くなる。太陽から光によって届けられたエネルギーは熱に変わり、それが地上の気候の温度を根本的に決定付ける。太陽からの光がもたらす熱エネルギーがもし地球の外部に出ていかなければ(つまり地球が完全な閉鎖系であれば)、、「熱力学の第一法則」によって地球上に熱が蓄積される一方になって地上はすでに焦熱地獄になっているはずである。ところがそのようにはなっていない。地球は宇宙に向かって開放系であって、地球から宇宙に絶え間なく熱は放散しているのでる。そして今問題になっている温暖化ガスと言われるのものには地上から宇宙へ向かって放散されるはずのその熱を貯える働きがあるとされ、その蓄熱作用のために地上の温度が少しずつ上昇していって、それが極地や高山の氷をと解かして海水面の上昇をもたらしたり、干ばつや異常な大雨、ハリケーンの増加などの異常気象をもたらして人類に災害をもたらすことが危惧されているのである。他方で地球の温暖化は寒冷地の気温上昇をもたらすことや2酸化炭素の空気中の増加が光合成を促進して寒冷地での農産物の生産を増やすことを可能にするといったメリットを挙げる化学者もいる。
このように世界の政治の世界で大きな問題として受け止められている地球温暖化も、温暖化がもたらす結果についての考え方によっては別に悪いことでも何でもないとなるのだが、そもそも温暖化ガスによる地球温暖化という現象自体が存在するのかということが疑問視されるということは、温暖化の原因が温暖化ガスであるとする説がまだ充分に科学的なものではないことを示していると思われるのである。
ところで温暖化ガスは別としても、自然科学者ではない素人としての私が、地球を温暖化する基本的な要因としての人間活動、温暖化ガスを排出するということとは別の内容の人間活動の存在を考えるべきではないなと最近ふと考えるようになったのである。その要因の影響の程度を数値によって計算することは私にはできないが、以下に私が考えついた要因を書くだけは書いてみよう。
人間が生存するために体内では化学反応によって熱を発生させていて、それで一定の体温を保っているということは、人間自体が発熱体であり、人体から常に熱が発散しているということである。人体から発散された熱が逃げる先は大気中である。世界人口については、19世紀初頭には10億人であったものが、2007年には66.7億人と推定されており2世紀ほどの間に大幅に増加している。つまりそれだけ人口が増えれば、単純に19世紀初頭よりも現在は地上の人類については6.7倍も多くの人体からの発熱が大気中に放散されているということで、これだけでも19世紀初頭よりも地球の気温に対する影響が大きくなっている。百万人が7百万に人になったというのとでは地球に対する影響度の意味合いが違うと思うのであるが、それでも地球の大きさから見ると70億人弱の人口が地球の気温に対してどれだけの影響を及ぼしうるかは私には計算できないが、わずかながらでも影響は及ぼしているといえるのでないだろうか。
更には人間の数の増加というだけでなく、人間の生活活動が科学技術の進歩と生活条件の向上によって昔とは比較にならない発熱現象をともなって行われていることも考える必要がある。たとえば地球上では2005年末現在で約9億台の自動車が保有されているとのことだが、自動車が放出しているのは単に2酸化炭素ばかりではない。自動車はエンジン中で発生させた大量の熱を10%強だけ移動のために使用しようしているだけで、残りを熱として大気中に放散しているという。オートバイについても同じことが言える。その他内燃機関によって動くもの、船などもそうだし、ジェット機も大量の廃熱を大気中に放散している。また都会でのヒートアイランド現象の一つとして考えられている、空調機の使用が建物の外に放出する多くの熱の存在もある。更には現在の生活に不可欠な電気を得るためには石炭や石油、更にはウランを使用した発電所が世界中で大量の熱を発生させているが、発生した熱のうちの大量のものが電気に変換されずに大気中に放散されている。原子力発電所では海から海水を取り込んで冷却用に使用してから暖められた海水を海に放出している。世界の人口の増加と、生活水準の向上や生産活動の増加が電気を使用するために多くの発電所が世界中に設置されていて、大気中や海中に大量の熱を放出しているのでる。このようにして地球の大気中や海中にはかつてなかったほどの熱が放出されており、これらの影響だけでも地球の大気の温度を上げる効果はあるはずだ。また人間は生きていくためには食事を取らなければならないが、調理のためにも熱は利用されてそれの一部は必ず大気中に放散される。世界で考えると調理のための熱から大気中に放出される熱は膨大なものであろう。したがって人間活動に伴う熱の利用がかつてなかったほどに大気中に多くの熱を放出しており、それだけでも地球温暖化への影響は存在している。地球の規模に比べてどれだけの影響があるかは私には計算できないが、温暖化ガスの影響にも匹敵するものがあるのではないかと素人考えではあるが、私には思われてならないのである。私が言いたいことは、温暖化ガスだけを目の敵にした現在の温暖化対策は、科学者としては片手落ちなのではないだろうか、ということである。科学者が研究費をせしめるためには大きなテーマが必要だと言われるが、今や地球温暖化問題はそのための格好の対象に仕立てられているというのが現在の実情ではないのか。地球温暖化問題を取上げる科学者については、そういった点を疑って観る必要があると思われるのである。科学者も人間であり、自己の利益に動かされる部分があることは確かであると思うからだ。
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