『「正義の味方」の嘘八百 昭和史のバランスシート』を読む
谷沢永一氏の『「正義の味方」の嘘八百 昭和史のバランスシート』(講談社文庫)を読んでいるが、この本は購入してから随分寝かしてあった。それは、本のタイトルが酷く際物的であると感じられて買ってはみたもののその後手が伸びなかったのである。ところがある時手に取ってふと解説を読もうとしたら、書いていたのが意外やショートショートで有名な星新一氏であった。星氏がこの本を随分と褒めていたので、それで大いに読む気をそそられたのである。私は谷沢氏の本を相当買ってあって、『悪魔の思想』(クレスト社)や『こんな日本に誰がした 戦後民主主義の代表者 大江健三郎』(クレスト社)など何冊か読んだが、谷沢氏の本で特に強く印象に残ったのは『聖徳太子はいなかった』(新潮新書)であった。私はこれによって歴史というものが過去にそれぞれの時代に書かれた記録を基準にして解釈されており、昔書いた人が意図的に嘘を書いている場合がありうるので、それを見破ることが歴史家の重要な任務であるという谷沢氏の主張に大いに目を開かれたのであった。聖徳太子もそういった当時の政治的な理由で創造された偶像であるという。
また日本の歴史を初めて書いたものとしてわれわれが中学校などで教えられたのは、古い順に「古事記」次いで「日本書紀」であったが、岡田英弘氏の『歴史とはなにか』(文春新書)には、「日本書紀」がまず書かれて、その後100年ほど後に「古事記」が書かれたという。そして『古事記』は一種の偽書であるという。歴史というのは怖いものだ。
谷沢氏によると、聖徳太子のことが書かれているのは『日本書紀』だけで、それ以外の歴史書には一切出てこないという。また聖徳太子そのものは人間とは思われない能力の持ち主で一種のスーパーマンとして描かれているが、良く考えてみるとそんな人間などいるはずもないと判るのだが、学校で教えられていることがまさか嘘であるとは誰も、特に子供は思わない。だから日本人は誰も聖徳太子の実在を疑うことなど無かったのだが、歴史家はその国家的な嘘を見破ったのである。
ところで『「正義の味方」の嘘八百 昭和史のバランスシート』は内容そのものも面白いのだが、それと同時に谷沢氏の言葉遣いにも思い掛けない面白さを味わうことが出来た。この段落の初めを私は「ところで」という言葉で始めたが、話題を変える時に昔の人が良く使った言葉に「閑話休題」(かんわきゅうだい)というのがあるが、谷沢氏はこれにうまく読みを付けて使っていて、それがなかなか面白いのである。具体的にそれを示そう。()は付された読みである。
①「閑話休題(むだばなしはさておき)事程左様にわが国上代貴族は、質素で、小心翼 々たる集団に過ぎなかったのである。(P40)
②「閑話休題(もとへもどって)事程左様に日本人は、年功序列をもって逐次的に昇って いくことこそ、社会的に望ましいと考えており・・・。」(116)
③「閑話休題(それはそれとして)事程左様に、昭和十年代の軍需景気は市民生活を豊かにし、郊外住宅を外へ外へと広げていった。」(P187)
なお念のために「閑話休題」を国語辞書で引くと、新潮国語辞典では、「(物語類で、話をもとに戻す時に用いる語)無駄話はさておいて、それはさておき、さて」と説明している。最近の作家ではこの言葉を用いる人を見ないが、私はなかなか味があって面白いと思う。
なお谷沢氏の本の面白さの一つは、自分の意見をはっきりと述べ、徹底的に批判することであり、日本人には少ないタイプの人間である。私が感心したその例をこの本から拾って下に示す。
「『いのちとかたち』(書名、新潮社)で山本健吉は、ハッタリ評論家の常として、(藤原) 道長が同時代に関白と尊称されていた、などと思い切り良く断定したが、それは根拠のな い”知ったがぶり”である。」(P57)
これに対して山本健吉がどう反応したのか、大いに気になるところであるが、谷沢氏が名誉毀損の裁判を受けたという話も聞かないから、しっぽを巻いて黙っていたのだろうか。
もう一つ例を挙げよう。
芭蕉七部集のなかの『猿蓑』という俳集に「たび踏みよごす黒ぼこの路」という句があるそうだが、『日本古典文学大系』のなかで中村俊定がこれにつけた解釈について、江戸時代の実態を全く理解しないで書いていると論証反駁した上で、谷沢氏は「中村俊定は俳集訳者として失格なのである。」(P186)とはっきりと書いている。かくて中村俊定は完全に学者としての面目を失したのである。なかなか出来ることではない。
ところでこの本は昭和57年(1982年)に出版されたものだが、谷沢氏の書いた次の文章は日本経済の当時の好況の経済状態を見事に反映したものであった。
「まず、一般的に、もっとも幸福な世代と考えられているのは、戦後派であろう。戦後に生を享け、高度成長期にもの心がつき、現代を謳歌している世代は、日本史上、もっとも生きるのにやさしい、豊かな安定した社会に生きているわけであり、人類史上、最高の幸福を満喫していると言っても過言ではないはずである。
今日の日本ほど、豊かで、人間味溢れる、安定した社会というものは、日本史上一度もなかったし、現在の世界中、どこを捜してもない。」(P243)
これはまさにガルブレイスの言うところの「豊かな社会」そのものであったのだが、翻って現在の社会経済状況を見ると全く様変わりしてしまった。全く反対の生きにくい社会に落ち込んでいるのである。
谷沢氏は昭和十年代の軍需景気について次のように書いていたが、まさにその危うさは現代の大恐慌以来の世界不況を予言するところがものであったのだと私には思われるのである。谷沢氏は次のように書いている。
「社会全般が軍需景気を謳歌し、国民が小市民生活に酔っている間に、恐るべき破局は醸成されつつあった。」(P187)
「好景気に浮かれていると、思わぬ落とし穴が待ち受けているという教訓にはなろう。」(P190)
バブル崩壊後の長期不況の後、ようやく景気が回復しだしたと日本国民が安心し始めた時に、今度はアメリカで金融恐慌が勃発しそれが招いた世界不況によって日本の経済はもはや「豊かな社会」などとは到底言うことの出来ない悲惨な経済状況に陥ってしまった。日本が経済的に惨めな状況になったために多くの若い人たちは結婚して子供を育てられる状況にはなくなっている。そしてその政治的な責任を自民党は問われているのだ。次の政権を担うのは民主党だという大勢が示すものは長きに亘って政権を担当してきた自民党の責任である。それを自覚したら、自民党の議員たちは自分たちには最早、到底政権を担当する資格はないと認識されるはずだし、その責任を取って潔く下野すべきなのだが、恥知らずにも政権党に止まろうと躍起になってジタバタしている。正に厚顔無恥の連中ばかりなので、この醜態こそが国民の支持を失う大きな要因になっているのである。
谷沢氏はこの本のなかで石橋湛山氏を「石橋湛山こそ、日本思想史上、まことに稀有の思想家であった。」と高い評価を与えているが、石橋湛山は自民党の政治家であったのだ。ところが最近の自民党の総裁となった人たちは、石橋の足下にも到底及ばない情けない連中ばかりであった。自民党の議員の質は情けないほどに劣化してしまっているのである。
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