『環境問題の杞憂』を読んで
藤倉良氏の『環境問題の杞憂』(新潮新書)を読んだが、日本で今,環境問題というと、何と言っても「地球温暖化問題」ということになろう。氏は地球温暖化問題の基本的な問題は、気候変動にあると書いている。藤倉氏は大気中の温暖化ガスのCO2などが増加すると、大洋の深層海流の動きに変動が起きて地球が冷却化して氷河期になるかも知れないという説を紹介しているが、何とも不思議な話である。詳しい説明についてはこの本を読んでもらいたいが、私は地球の温度に影響する一番大きな要因は太陽光による輻射エネルギーであり、短期的には太陽活動の状態であると考える。ところが太陽光の輻射エネルギーの問題については長期的には丹羽敏雄氏が『数学は世界を解明できるか』(中公新書)で書いている以下の事情が重要である。つまり地球は太陽の回りを楕円形を描いて回転しているが、その楕円軌道は常に同一なものではなくて千年に一度くらい地球が太陽から大きく離れることがあって、その時には太陽光の輻射エネルギーが少なくなって地球が寒冷化すると書いている。
藤倉氏が紹介している温暖化ガスによる温度上昇がもたらす地球の寒冷化の説は、太陽光が地球にもたらす輻射エネルギーの量が同じであっても、温暖化ガスの増加によって南極の氷河が大量に溶けると深層海流の動きに変化が起きて地球が冷却化するという理論であるが、地球全体にもたらされる太陽の輻射エネルギーの量が変わらなくても地球が寒冷化するというのは私には熱力学の法則に反しているとしか思われないのである。なお太陽の輻射エネルギーについては小出昭一郎・安孫子誠也氏は『エントロピーとはなんだろうか』(岩波書店)で、「地球は外燃機関」という表現で語っており、太陽のもたらす輻射エネルギーの量を抜きにして地球の温暖化や寒冷化を問題にすることは基本的におかしいと私は思う。
また藤倉氏は日本国内の重要問題としてゴミ問題に触れて次のように書いている。
「省エネルギーとゴミの発生抑制には、全国で市民、行政、企業が真剣に取り組んでいます。」(P205)
札幌市でもゴミの発生抑制のために家庭ゴミの有料化が7月から始まるが、その説明会でも「ゴミの発生抑制」という言葉が使われていて、良く聞くとそれは「家庭ゴミの抑制」という意味なのであった。現在家庭ゴミは「燃えるゴミ」と呼ばれている。
ところでゴミには「家庭から出る廃棄物」と「産業廃棄物」とがあるが、そもそもゴミとは何かを考えてみると、それは基本的に家庭で購入された物的な商品が消費された結果として発生するものと、企業などの活動の過程で消費された物的な商品(原材料または部品や消耗品、文房具など)の使用・消費の結果生じたものとがある。物理学の基本法則に「質量不変の法則」があるが、人間が使用する商品についてもそのことは絶対的に当て嵌まるのであるから、家庭であれ企業であれ、そこに購入された商品はすべて廃棄物という形か製造された商品という形に変わる。家庭すなわち人間の場合だと、食品は調理の過程で生じる廃棄物と、飲食されて屎尿の形で生じる廃棄物になって、前者は家庭ゴミとして出され、後者は都会では下水を通って下水処理場に送られて処理される。そして消費の過程においても商品の総質量は変わらないのである。したがって商品の購入量が絶対的に減らない限り家庭で出るゴミ(屎尿を含む)も減らないのであるが、札幌市が「ゴミの発生抑制」という場合、その意味は、従来家庭から「燃えるゴミ」という形で出されていたものの中から、リサイクルできるゴミはきちんとリサイクル用に出すようにして、「燃えるゴミ」の量を減らそうということなのであった。このことは普通の市民の人たちには誤解を招く、私に言わせると詐欺的な理屈である。藤倉氏もこの点については十分に理解していないと思われる。その原因は、恐らく自分で分別したゴミ出しをしたことがないからであろう。
なおリサイクルできるゴミのうち、食品の容器・包装に使用されたプラスティック・ゴミについて、私が自分で分別して出すようになってよく分かったのであるが、食品のラップに使われたプラスティックには多くの場合説明のための紙のラベルが貼られていて、それらをいちいち剥がしてからごみに出す人間が果たしてどれほどいるのだろうかと疑問に思う。私自身そんなことなどとてもやっていられない。食品の容器・包装に使用されたプラスティックはそのままゴミとして出して、焼却するのが一番だという武田邦彦氏の意見が実務的には妥当であると考える。私自身食品製造会社にいて、食品容器・包装リサイクル法に基づく処理費用を支払うための事務作業を行なった経験があるが、食品の容器・包装に使用されたプラスティックは、ペットボトルを除けば実際にはリサイクルなど不可能であると思う。この制度は経済産業相の役人の天下りのための愚劣な政策に過ぎないと判断せざるを得ないのである。官僚どもはエコの名を傘にして、無意味なロクでもないことをしているのである。
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