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2008年10月17日 (金)

キャリア官僚と中国人の共通点

 厚生労働省、農林水産省、外務省、経済産業省などの官僚の行動を見ていて、最近ふと中国人との共通点を思い当たった。歴史的に見ても、もともと日本の官僚制度は中国の官僚制度の模倣から出発している。最近の日本の彼らは、私から見るとまともに仕事をしているようには全く思われない。
 まず厚生労働省だが、その所管する社会保険庁が過去にまともに仕事をして来なかったことは消えた年金データで明らかになった。これはキャリア官僚が直接行なっていたことではないが、社会保険庁の長官をずっと務めてきたのはキャリアの連中であった。彼らは、ただノホホンと長官職を勤めて高給を食んでいたのだ。社会保険庁の業務が適切に行なわれているかを管理監督する立場にいたのにも拘わらず、神輿の上に乗って国民のためにはなんの役にも立たないままに時間を浪費していただけだった。そうしたキャリア連中の業務怠慢の下に、社会保険庁の職員たちは厚生年金保険料の基礎になる基準報酬額の積極的改竄にはげんでいたが、それは見かけ上の収納率を改善して自己の成績を上げようという全く利己的な理由のためであった。そうしたことをすることは国民への裏切りであり、公務員として許しがたい所業であることも全く意識されなかったという体たらくであった。キャリア官僚という上のやることを見ていると、そうなるのも必然だったのではないだろうか。
 また農林水産省での最近の輸入した事故米についての取り扱いを見ると、官僚たちは国民の税金をただただ無駄に使うだけの仕事をしているとしか思われない。そもそもなぜ農薬などの残留値が高くて食用に適さない輸入米を返品もしないで保管し、工業用に販売するなどといった無意味なことを行なっていたのか。輸入義務量を出来るだけ安く達成するために敢えて不良の米を輸入していたのだろうか。そうした点についての報道が何もないのはメディアの怠慢なのではないのか、と私は不審に思っている。もしそうだとしたらいかにも役人らしい全く姑息なことをしたものである。しかし報道によると今後は事故米は返品することにしたという。私は長年食品業界で仕事をしてきたから、民間企業では納品された原料が不良品であれば当然のこととして返品するのを見ていたから、そうしたことさえも考えつかなかったという官僚の発想は全くあきれ返るものである。これほどにも常識のない連中が役人として仕事をしているというのは、私には恐ろしいかぎりである。というよりも国民として情けないかぎりというべきか。
 外務省の官僚たちのなかには「チャイナ・スクール」という日中友好に特別の思い入れを持った人たちがいて中国との外交関係で勢力を持っているそうだが、私が最近中国に関して学んだことから判断すると、彼らは実質的に中国政府の利益代表に堕しており,日本国民にとって害をなすだけの存在であるとしか思われない。それならば彼らは中国に国籍を移して、中国外務省から給料を貰って仕事をするべきなのだが、日本国民の税金から払われる給料で働きながら国益を害することに熱心にいそしんでいるのである。中国政府が歴史教育を名目にして中国の若い人たちに意識的な反日教育を施していることについても、内政不干渉の名目で黙っているようであるが、それなら中国政府が日本の政治家の靖国神社参拝について口出しをすることに対してハッキリと内政干渉だと言い返すべきなのに、彼らにはそういうことを言うだけの勇気もないようである。国益に反する彼ら官僚たちのの不作為を我々国民は厳しく弾劾する必要があるのだが、日本国民自身が中国に対して奇妙に罪悪感を持っているのはまさに一種のマインド・コントロールだと思う。マスコミも国民に対して正しい歴史を伝えていないのである。中国はアヘン戦争に関連してイギリスに対して日本に対するようにいつまでもしつこくイチャモンを付けているだろうか。全く何も文句を言っていないのに、なぜ日本に対してだけはネチネチと絡んでくるのか。中国にとって日本はかつての朝貢国であったという中華意識がそうさせるのであろう。中華意識は中国人にとっては骨絡みの無意識なのである。こうした中国に対しては日本人は徹底的にNOをいう強い意志を持って当たるべきなのである。そうすれば途中で中国政府も諦めるはずだ。弱腰と見ると、とことんつけ入るのが中国人なのだから。
 経済産業省については、私はプラスティックの再利用という全く馬鹿げたリサイクルを直ちに止めるべきであると思う。それは官僚自身が実際にプラスティックごみの分別を自らやってみればすぐにも分かることである。食品に使用されるプラスティック容器には必ず表示のための紙ラベルが付着しているから、それを再利用するためにプラスティックだけ原料として取り出すなどということは到底できるはずがないことが分かるはずだ。現実を無視した机上の空論は国民に無用な負担を強いるだけで、全くの無駄にしかならない。そうでないというなら、その証拠を示してもらいたい。役人の得意な馬鹿馬鹿しい屁理屈はごめんである。まともな実際的な論理で説明をしてもらいたい。
 また警察に関して、私は交通違反の項目の一つであるスピード違反の基準となる速度制限の値が全く実態からかけ離れていて、現状ではその異常な制限値がスピード違反という犯罪を生み出す元凶になっていることを理解するべきである。実際に車を運転してみれば分かることだが、車を制限速度以内で運転している人はほとんど、99.9%いないと自分の経験から断言できるし、恐らく現場の警官自身も解っているはずだ。こうした異常な事態は直ちに改善するべきであるのに、全くそうした動きは見られない。こうしたことを放置しているかぎり、私の意見では、警察のキャリア官僚はまともに仕事をしていない。このことについての不作為は、キャリア官僚の成績に何ら影響を及ぼさないからであろう。しかしこれは実質的には国民に対する裏切りである。
 以上私が官僚たちを最近全く信用しなくなった原因について書いたが、本題である官僚たちの中国人との共通点を最後に指摘する。それは、「中国人は死んでも自らの過ちを認めない」ということである。この「自らの過ちを新でも認めない」という特徴は、全く日本の官僚たちにもそのままそっくり当て嵌まると私には思われるのである。彼ら官僚たちが自分たちの過ちについて、それを自ら認めて謝ったことがあるだろうか。唯一の例外は、防衛省の前事務次官であった守屋氏くらいではないのか。彼は自分の過ちをキチンと認めたが、ほとんどのキャリア官僚たちは自らの過ちは絶対に求めようとしないようなのだ。こういうところだけは中国人にしっかりと同調しているのだ。これも歴史的な腐れ切った体質なのであろうか。

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