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2007年12月24日 (月)

環境対策名目のリサイクルは官製詐欺である

 以下は12月24日に福田官邸宛に送ったメールである。2000字以内という制限のために後半の一部は送信できなかったが全文を掲げる。厚生労働省、防衛省、経済産業省、国土交通省、農林水産省などのやっていることを注意して見ているが、それらの官庁にいるキャリア官僚という連中は果たして国民のためになることをやろうとして役人になったのであろうか。ただ個人的に好い目を見たい、権力を振るいたいだけの目的でなったのではないのか? 日本は全く卑しいエリートだらけの国に成り下がってしまっていると思う。

 もっともらしい話には気をつけなければならない。ましてそれが役所が熱心に進めている話の場合には特に。
 最近文芸春秋から「暴走する『地球温暖化』論」という本が出ている。近いうちに買って読もうと思っているが、つい先日バリ島で開かれたCOP13で世界各国から政府の環境問題担当者と科学者が集まって地球温暖化防止のための取組みについての話し合いが行われたと伝えられたばかりであるから、この本がどのように反論を述べているかおおいに興味がある。この本の著者の一人である生物学者の池田清彦氏の書いた『環境問題のウソ』 (ちくまプリマー新書)の中 で、地球はずっと温暖化と冷却化(氷河期)を繰り返してきているから温暖化は炭酸ガスのせいばかりとは言えないかもしれないと述べているが、私には最近の温暖化論の大合唱には『環境ファシズム』といった趣があるように思われて、何か危ういものを感じるのである。
 今手元に「暴走する『地球温暖化』論」の著者の一人である武田邦彦氏の書いた『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』(洋泉社)という本があって、そのペットボトルのリサイクルを扱った第1章「資源7倍、ごみ7倍になるリサイクル」を読み終わったところであるが、私は停年退職する前の22年ほどをたまたま食品製造業の会社で働いていて、「食品容器包装リサイクル法」に関わる「「委託処理費」の計算・報告に携わったこともあったのでこの本で武田さんが書いていることについてはよく理解できた。武田氏が書いているように確かにこのリサイクルには無駄がありすぎると思う。すぐにも止めた方が環境負荷を減らすことになるという武田氏の意見に私は賛成である。ペットボトルを再利用するための処理はその過程で使用する電力や資材のことを考えれば資源の無駄遣い以外の何ものでもない。よく燃えるものなのだから単純に焼却処理する方が資源としては一番の有効処理なのだと私も思う。(ただし後で述べるように発電のための燃料に使用すればもっと有効活用になるだろう)しかしその法律を作った経済産業省の役人たち、メンツにかけてもそのことは認めないだろうが、正にそのことが環境問題に関する大問題なのである。私はリサイクルの今のやり方は経済産業省の役人たちにとっての利権であることを信じて疑わない。
 ところで企業や個人がその事業の遂行過程で発生させたゴミは「産業廃棄物」として自己処理をすることが法律によって定められている。したがって例えば居酒屋やスナックなどの飲食店がその営業に関連して出すゴミはすべて「産業廃棄物」であるから自分で処理しなければならないのであるが、実際にゴミを自分で適正に処理することはできないから法的に認可された資格を持った専門業者に委託して処理することになる。ただしその委託先の業者が違法な処理をした場合には、それは委託を依頼した者の責任になるという厳しい扱いになっている。
 私が働いていた会社でも産業廃棄物の処理費用を出来るだけ少なくしようとして色々業者に当たってみたりしていたが、その中で私が面白いと思った廃棄物処理の仕方があった。食品を包装するのに現在は多くをプラスチックに頼っている。プラスチックは石油から作られるからよく燃える。東京証券取引所一部上場企業に(株)サニックスという企業があり、ここが廃棄物処理を事業の一部として行っている。この会社の廃棄物処理のやり方で独特なのは、プラスチック廃棄物を集めてそれを燃料にした発電を行っていることである。北海道の苫小牧に発電プラントを持っていて、プラスチックの産業廃棄物をそこに送って発電をしているのだ。武田さんの書いていることを読んで、プラスチックを燃やして発電するというゴミ処理のやり方は資源の使い方という面から見ても非常に効率的なやり方であることが理解できた。
 なお少し前にヤマダ電機やコジマでリサイクル家電の処理について法律違反の摘発が行われたことはTVでも報道されていたが、私はこれもおかしなところがあると思う。廃棄物を減らす一つの有効な方法は、出来るだけ長く使用することである。したがって家電製品については広い意味でのリサイクルの最初にはリユース(中古品の再利用・流通)があるべきであって、電器販売業者が引き取った中古品をまずはリユースに回すべきである。ところが経済産業省の役人たちはリサイクル処理業者に回さなかったことがけしからんといっている。法律的にはそのように定められているのであるが、私は家電リサイクル法の考え方は資源の有効活用という観点からは根本的に間違っていると思う。しかし経済産業省の役人たちはけして自分たちの考え方が間違っていてもそれを認めようとはしない。そこにこそ日本社会の根本的な駄目さがあるのだ。ヤマダ電機やコジマにも問題はあったと思うが、それよりも問題なのは経済産業省の役人たちがそれを認めず、自分たちの考えたやり方を守らなかったことが許せないのだ。現実にあわないやり方は直ちに改めるべきであるのに、意固地に自分たちの間違いを改めようとはしない。ここにも私は利権の存在を感じるのである。
 キャリア官僚というエリートが愚劣なことを平気でやって恥じないから日本という国はかくもお粗末な社会になったと私は考えている。厚顔無知なキャリア官僚連中がエリートなどといってのさばっていることを止めなければならない。それをするのは選挙で選ばれた議員なのだが、それも当てに出来ないから日本は救いがない。しかし政権交代は一つの前進にはなりうるのではないか。上に居座るロクデナシのキャリア官僚を一掃する、これこそが日本改革の前提であると思う。
 なお福田首相は薬剤肝炎問題でやっと遅ればせの一律救済の解決策を決断したが、私はこれは残念ながら福田首相の判断力と決断力のなさを国民の眼の前に明らかにしただけだと思う。出し遅れの証文のようなやり方しか出来ないのでは国民は福田首相を支持しないであろう。

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